四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

2020.08.15

「●●を知らない子どもたち」

今日8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」。

まずもって今まで繰り返された戦争によって、かけがえのない命を失った多くの方々を追悼しご冥福をお祈り申し上げます。
そして遺族の方々、身体や心に傷を負った人びとが少しでも癒えることを心より願います。
また、多くの方々の貴い犠牲と先人のたゆみない努力によって繁栄し、平和に向かい今を過ごせていることに深く感謝いたします。

8月15日と言えば、私は小さな頃、お盆の送り火のため、おばあちゃんに連れられてお墓参りに行っていた。そして学生の頃には、家業を手伝うためにお盆期間は毎日、お花を売る手伝いをしており、忙しさのあまりに「戦争」という言葉についてゆっくり考えることはできていなかった。ただ、ある歌を口ずさむぐらいであった。

それは「戦争を知らない子どもたち」という歌で、学校の音楽の授業であったかとは思うが幾度か聴いていたのを記憶している。その時は、歌の持つメッセージを読み取ろうとはせず、単純に繰り返し聴き歌っていたことでその歌詞とリズム、何よりこの歌の題名は明確に記憶している。

そして、改めて歌詞を読んでみたが、やはり作者の想いは「これ!」なんだなということが明確には分からない。
戦争を体験した世代の方々からは、自分たちは一人前の大人と認めてもらえないということなのかな?とも・・・。戦争の実体験こそないが、その惨状を伝えてもらった私たちは、二度と同じ過ちを繰り返さないことを深く心に刻み込み、みんなで平和に向かって歩いて行くことが大事ということなのかな?とも思ったりしています。

すみません。相変わらずの支離滅裂なアップですが、今回私が言いたかったのは、いずれにしても日本は多くの犠牲と努力によって繁栄し、平和な世の中へと向かっていることは確かであるということ。
しかし世界ではどうだろう。同じ方向性、同じ速度で平和へ向かえているとは言えない。また私たちが平和と描いているところに向かうために未だに犠牲になっていることはないだろうか。人、環境などどうだろうと考えてしまう。私は犠牲の上に本当の意味での平和は訪れないと思っている。

そして真摯に向き合っていかなければならない。「平和を知らない子どもたち」平和の意味すら知らない子どもたちがあまりにも多くいるという現実を・・・・・。