四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

まずもって今年も大晦日を無事に迎え、感謝の意を唱えることができることを本当に嬉しく思います。花き園芸業界の先行き不透明な中、見えない壁へと突き進んでいこうとする私たちを様々なところで支えていただき本当に感謝です。

そしてこの一か月の年末商戦に加えて、春からのCOVID-19の影響などによる制約で、精神的、肉体的な疲弊を余儀なくされていた現場をはじめ多くのスタッフやパートナーには、見事にこの日を迎えてくれたことに、今まで以上の賛辞を送らせていただきたい。

私は基本、あまり振り返ることをしないタイプの人間ではあるが、自分自身のことで振り返ってみると例年100回近くあった飛行機への搭乗も半減し、海外出張もなく、今までに観ることができなかった光景や植物との出逢いはほぼなかったと言える。
「世界の感動を日本に。日本の感性を世界へ。」と自らの足で現地を訪れ、大地や植物、住み暮らす人との対話を大切に活動する私には、まるで足をロープでくくられたような1年であった。

さらに、長年一緒に歩んできたパートナーと違う道を歩むことになったり、つい先日までずっと私の活動を支持してくださり、一緒に海外研修をおこなったり、プロジェクトを起ち上げてきた本当にお世話になった方が急逝した。彼とはビジネスパートナーという簡単なくくりではなく、同志であり、友とも言える間柄で、訃報が飛び込んできた移動中の電車の中で涙が止まらなくなったことなどもあり、自らの力不足や運命の儚さを知らされる1年となった。

しかし、そのような悲しいことだけではなく、新しいパートナーとの多くのご縁もいただけた。またコロナ禍で、社内にいる時間が増え、スタッフの声を聞きやすい位置に多くいることができたおかげで、自分自身や会社のことを見つめ直し、今まで以上に今後について考えることができ、いくつかの課題に着手することもできたことは重要である。こうして新たな決意のもとに来年度を迎えることができることは、価値あることだといえるのではないだろうか。

少し長くなりましたが、最後に・・・

今年は、想像もしていなかった大きな課題を突き付けられた厳しい1年であったが、そのような中、自ら立案した計画や目標をやり遂げられなかったことを大いに反省し、そのお詫びとしても来年こそは倍返しにして形にしていかなければならないと強く想っています。

来年度からは、2030年に迎えるバラエングループ150周年に向けて、強い意志を持ち、社内外の新陳代謝を活性化させ、自らも大いに変革することで、「新しい日常は、自ら創り出す」想いで取り組んでいきます。

最後の最後ですが、今年も私の拙いブログを読み続けていただいた皆様、本当にありがとうございました。「又右衛門の頭の中を書いたブログ」と銘打ちながら、頭の中を駆け巡っている新しいプロジェクトなど全てを書けていないことを申し訳なく、またもどかしく感じてはいますが、きっといつか皆様に胸を張って紹介できる取り組みにすると約束しますのでお許しくださいませ。

来年も、引き続き書き続けていきたいと思っておりますので何卒よろしくお願いいたします。

それでは良いお年をお迎えください!!!!!きっと緑色に輝く明るい未来がまっていますよ・・・・

四代目 金岡又右衛門

何だ!この題・・・?

確かにです。12月12日にちなんで「いっちにー。いっちにー。」です。

海外に行けずに又右衛門オヤジ化もしくはネタ切れ感は否めないです(笑)

今週も本当にバタバタ過ごし、お嫁?お婿?にいった素敵な植物たちの元気な顔を観るために定期健診に行ったり、新しいプロジェクトのために西へ東へ奔走したりの繰り返しで、あっという間に一週間がたってしまいました。

コロナ禍において、私たち花き園芸業界でも色んな変化が起こっています。そのような中、不安もあれば期待もあり、焦る気持ち、はやる気持ちを抑えて、今はとにかく素敵な植物たちや、パートナーと共に前を向いて歩いて行かなければならないですね。
慌てず急いで進まなきゃ・・・「いっちにー。いっちにー。」と。手を携えてくれる人がいてくれる喜びを感じながら。

来週初めは大事な講演&プレゼン。久しぶりの徹夜続きの資料作成。結構しんどいけどやりがいがある。それは花き業界から異業種へのラブレターを書いているようなものだから。

さてと、もうひと頑張り。見晴らしが良いところに向かって。

2020.11.28

いい庭の日

すでに展示会を終えてから2週間にもなるが、展示会がらみのプロジェクトの準備や、年末に向けての社内外のミーティングで、先週に引き続きバタバタの日が続き、気がつけばあっという間に週末になっていた。

早朝まだ暗いうちに本社により、その後大阪営業所へ移動。そして昨晩遅くまでかかって用意した出張に必要な追加資料のプリントと、スタッフが事前準備をしてくれていた資料を併せて、日曜出発の大事なミーティングの準備を行い、再び本社へと向かった。

 

先ほどとは違って日が差し込むようになったお馴染みローメンテナンスガーデンには、いつものように恐竜たちが心地よさそうに遊んでいた。

でもよく見るといつもと少し違う。写真をみてお分かりになるだろうか?

そう。恐竜の口に木の実などが入っているのである。きっとこれは子どもたちが、恐竜くんたちにエサを与えてくれたのであろうと思う。今まで、色んな組み合わせで遊んでくれているのを数十数百種類と見ているが、このように食べ物を与えてくれたのを見かけるのは初めてで、とても嬉しく感じ、和やかな気分になることができ、また一つ地域の方々に可愛がられていることを実感することができた。

約15年前に、環境に配慮し土壌微生物と豊富なミネラルや炭にて土壌設計を行ない、主にデザットプランツで構成した子どもたちの成長とともに姿を変えるKIDS GARDENが今もなお、子どもたちに可愛がられていることは、本当に素敵なことであると思う。

初期のガーデンで遊んでくれていた子どもたちは、今頃どうしているであろう。どこの誰さんがここで遊んでくれていたかはわからないが、ひょっとしたら成人しているのかもしれないと微笑ましく感じた。

そして今日11月28日(いい庭)という日に、そのような光景を見かけることができ、そのメッセージを受け取ることができたこの庭は本当にいい庭でないかと手前味噌ながら感じている。

2020.11.07

感動の1枚

今週は目の前の展示会の準備や、あるプロジェクトの重要な打ち合わせ、東京でのプレゼンやメンテナンスなど朝から晩まで毎日が慌ただしく、あっという間の1週間であった。

そのような中、とっても私を癒してくれる1枚の絵が届いた。

その絵は、少し前、奈良に行ったとき偶然に通りかかったお店に引き寄せられるように入り、偶然にも画家さんに出逢い、その場でお願いしたものである。

約1か月たった今に届き、封を開けた時、驚きというか嬉しさに涙がでるほど感動した。

全ての疲れを癒してくれるほどの感動で再びお礼にいかなければと思うほどであった。

その絵がこれ

蓮、ハク、ちー、キジ…とっても特徴をとらえていて素晴らしいと思う。全て違う場所、違う時に出逢った保護ネコちゃん。でも本当の意味では保護してもらえているのは、私のような気もする。みんな家に来てくれて本当にありがとう!
そして素晴らしい絵をお書きいただいた糸井先生本当に感謝です。また伺います。

今日は秋のお彼岸。毎年お墓の掃除とお参りをするのが恒例である。家業を継いでいる者としてはごくごく当たり前のことではあるが。

そしてこの秋の彼岸もお墓掃除をしながらご先祖様に日々のお礼を伝え、教えを乞うように話しかけてきた。

私は、彼岸にだけ自分に対し許していることがひとつある。それは過去を振り返ることである。普段においては意識的に過去にとらわれず前へ前へと進んでいくようにしている。それは自分自身のとても過去を気にしすぎ、ネガティブなことを考えすぎてしまう癖をなくすためでもある。

彼岸中、目的地へ移動する際には、時にはある人との時間を振り返り、時には前を通り過ぎていった人を思い出し、時にはもう戻らない人を偲びながら、反省しながら自らへの戒めを繰り返す。そして戻るまでに、さらに前を向いて進んでいく力を養うようにしている。

そして今年も秋の彼岸を迎え、季節は夏から秋へ移り変わっていく。百日紅の花と薄の穂がどんなに暑い夏であっても、苦しい夏であっても、必ず秋はやってくることを教えてくれているように感じる。

さて大変な年ではあるが、その中でも実りある秋となるように日々を大切に行こうと改めて感じた、そんな又右衛門の彼岸の1日であった。

暑い日々が続く。蝉が鳴く。
そのような中、強大な台風が近づき、強い風に運ばれ転がり込んできた。

まだまだ棘も柔らかく、手のひらにのせても痛くない。私にはこれが何かは分かる。

キツネザル君には何か分かるのだろうか?

カメレオン君は目を丸くして見つめている。

バオバブ君はきっと自分の子とは似てないな~~とは思っているのかな?・・・

いずれにしても、みんな地球の子であるのは間違いない。秋はもうすぐ・・・

8月からの新年度に入って早くも1か月。
お盆商戦や新しいプロジェクトなどバタバタしているうちにあっという間であった。

まずは神棚を祀り、夜明けと共に地元の氏神様である松尾神社を参拝し、元気に過ごせていることのお礼を伝えた。松尾神社は通学路の途中にあるため、小学校時代ほぼ毎日通っており、50年経った今でも、参拝するとその頃のことを思い出す。

そして大阪営業所に移動し、営業所の氏神様である春日神社を参拝し、社員の無事の御礼と祈願をした。
境内では業界の大先輩の姿を久しぶりに拝見した。
随分前に引退されていることもあり、私に気づいておられたかどうかは分からないが、一時代を創り上げた大先輩の姿を懐かしくも感じることになった。

そして2日遅れになってしまったがマリネックス本社の氏神様である華表神社にも参拝。

まるで業務より神様参りを優先しているかのようにも感じられるが、否定はできない。
何故ならば、私には特別な頭脳があるわけでもない。権力やお金があるわけでもない。
それにも関わらず素敵な人びととの縁を紡いでいただき、元気に活動できていることは、パートナー以外には、八百万の神々のおかげとしか思えないからである。

ここ華表神社には素敵な楠がそびえたっている。とても雄大な姿で。
そしていつものように感謝とお願いをしてきた。お願いの内容は◎△×■★・・・さすがに言えない。あまりにも大きく無茶なお願いなので。でも私は願い続けていきたい。それはその力を授けて欲しいというより、そのような力をつけることができる人になるための誓いのようなものであるから・・・

今日8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」。

まずもって今まで繰り返された戦争によって、かけがえのない命を失った多くの方々を追悼しご冥福をお祈り申し上げます。
そして遺族の方々、身体や心に傷を負った人びとが少しでも癒えることを心より願います。
また、多くの方々の貴い犠牲と先人のたゆみない努力によって繁栄し、平和に向かい今を過ごせていることに深く感謝いたします。

8月15日と言えば、私は小さな頃、お盆の送り火のため、おばあちゃんに連れられてお墓参りに行っていた。そして学生の頃には、家業を手伝うためにお盆期間は毎日、お花を売る手伝いをしており、忙しさのあまりに「戦争」という言葉についてゆっくり考えることはできていなかった。ただ、ある歌を口ずさむぐらいであった。

それは「戦争を知らない子どもたち」という歌で、学校の音楽の授業であったかとは思うが幾度か聴いていたのを記憶している。その時は、歌の持つメッセージを読み取ろうとはせず、単純に繰り返し聴き歌っていたことでその歌詞とリズム、何よりこの歌の題名は明確に記憶している。

そして、改めて歌詞を読んでみたが、やはり作者の想いは「これ!」なんだなということが明確には分からない。
戦争を体験した世代の方々からは、自分たちは一人前の大人と認めてもらえないということなのかな?とも・・・。戦争の実体験こそないが、その惨状を伝えてもらった私たちは、二度と同じ過ちを繰り返さないことを深く心に刻み込み、みんなで平和に向かって歩いて行くことが大事ということなのかな?とも思ったりしています。

すみません。相変わらずの支離滅裂なアップですが、今回私が言いたかったのは、いずれにしても日本は多くの犠牲と努力によって繁栄し、平和な世の中へと向かっていることは確かであるということ。
しかし世界ではどうだろう。同じ方向性、同じ速度で平和へ向かえているとは言えない。また私たちが平和と描いているところに向かうために未だに犠牲になっていることはないだろうか。人、環境などどうだろうと考えてしまう。私は犠牲の上に本当の意味での平和は訪れないと思っている。

そして真摯に向き合っていかなければならない。「平和を知らない子どもたち」平和の意味すら知らない子どもたちがあまりにも多くいるという現実を・・・・・。

今日8月6日は広島平和記念日・原爆の日。
先月広島に行った際に案内されて観覧した原爆資料館の光景が頭に浮かんでくる。

写真で見ただけでも目を覆いたくなるような光景。実際に目の当たりにした方々にかけられるような慰めの言葉を見つけることができない、戦争を知らない子どもたちの一人であった私である。

祈念公園で慰霊碑に向かった際に、そこに刻まれていた「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」という言葉が胸に刺さっている。

過ち・・・核兵器、戦争がそうであろう。本当に取り返しのつかない過ちを犯してしまった。
しかし人類が犯した過ちはまだまだ他にもあると思える。

 

人間本位の開発などもそうであると言えるのではないだろうか・・・・・

文明・発展という名の大義名分のもとに繰り返されてきた開発による影響は、今の地球環境や社会現象として各地で顕著に表れている。それをよく知っているのは、実際に経験した先進国と言われている国々ではないだろうか。

にも関わらず新興国に同様の開発を促し、協力しているのを見かけることがある。
是非、日本はそのような国々と競い合うのではなく、まずはその国の文化・自然を守ることを優先するべきだと思う。そして自ら体感した社会問題を二度と繰り返さないようにしなければならないと強く思う。

 

また、毎年この時期には「平和祈念」という言葉をよく耳にするが、私は違和感とまではいかないけれど、少し考えさせられる言葉に感じる。

全ての生き物は必ず平和であって欲しいと思っているのではないだろうか?
それに異議を唱える者はおらず、みんなが同じ方向を見ているはずなので、すぐに実現できるように思う。しかしそれが実現できないのはなぜだろう。

個々がそれぞれに平和について自分都合の勝手な解釈をし、自分自身のみの安全や不自由ない生活のことを平和と思っているからではないだろうか?

 

平和とは全ての生きとし生けるものが等しく健やかに生きていき、天寿を全うできる世の中であると私は理解している。

平和は祈念しなければ実現できないものなのだろうか?互いが思いやりの心を持ってさえいれば実現できるのではないだろうか・・・・・

残念ながら75年前に戻ることはできない。
でも当時のことから目をそらさず向き合い、同じ過ちを繰り返さず万物に対し感謝の念を強く持ち、互いを思いやる心を持つことは、今日、今からでも可能であろう。

それこそが何よりも慰霊になるのではないだろうか・・・・・。

日本全国で梅雨入りとなった今週、バラエンでは実に様々なことが始動・再始動した。
ZOOMに加え、社内外でリアルミーティングも再開され、バタバタの一週間であった。
その内容が多岐にわたるのと、現時点ではブログでは書けないことが多いため、前回まで数回取り上げた「●●の日(記念日)」について少し書かせてもらおう。

記念日についてネットで調べてみると、この一週間は下記のように掲載されていたので、それにあわせて私のコメントを少し・・・

 

●7日 - 母親大会記念日、むち打ち治療の日

むち打ち治療の日って・・・
実は私は20歳過ぎに、運転中かなりきつく追突され、2か月間入院をしなければになったことがある。入院中は点滴で腕が腫れ上がってしまいブルーな毎日であったが、同室だった電車にひかれながらも九死に一生を得た人と仲良くなり、看護師からはちょい悪入院患者コンビと呼ばれ、お互いを励まし合いながらの入院生活は人生の中での貴重な日々になった。

 

●8日 - バイキングの日

バイキングは、最近は新型コロナの影響もあり行くことが少なくなってしまったが、歳も歳なのであまり食べられないのにワクワクする。そして、苦しくなるまで食べてしまい、いつも後悔をするのが常である。

 

●9日 - ロックの日、ネッシーの日

ロックの日・・・見た目はロック好きのようにも見えるかもしれないが、又右衛門は邦楽や雅楽が案外好きである。
またネッシー・・・私は以前見たことがある、と言いたいが明らかに嘘つきと呼ばれるのでやめておこう。

 

●10日 - 時の記念日、路面電車の日など

●11日 - 国立銀行設立の日、雨漏り点検の日

●12日 - 恋人の日、日記の日、バザー記念日、宮城県防災の日

恋人の日・・・懐かしい良い響きがする。これ以上は控えておこう(笑)

日記の日・・・今まで何度かチャレンジしたが、最高記録でも小学校の夏休みの宿題にまとめて書いた絵日記が一週間分である。そのことを思えば今も書いているこのブログは神がかっているほど続いていると言える。

 

●13日 - 鉄人の日、FMの日、小さな親切の日、はやぶさの日

FMの日・・・きっとファミリーマートではなく、ラジオのFMだと思う。最近は出演の機会がなくなったが、以前いくつかの局でお話する機会をいただいたり、番組を持ったりしていた。私ほど噛む者を選んでいただいた局の方に敬意を表したい。

小さな親切の日・・・素敵な日である。毎日がこのように日になるように努めたいと思う。

 

●14日 - フラッグデー

●15日 - 信用金庫の日、暑中見舞いの日

信用金庫の日・・・最近は新型コロナの影響で金融機関の方とお話しすることが多くなってきてしまった。金融機関の支援だけでなく、励ましの言葉に勇気づけられることもしばしば。

 

正直かなり厳しい状況である。そのような中でピンチをチャンスにと言葉にするのは簡単であるが、その糸口があるのか?見つけられるのか?と不安に思うこともある。

しかし私たちには繋がりがある。絆がある。きっとこの先は新しい世界に繋がっていると確信している。今は、跳びあがるために思いっきりしゃがみ込んでいるだけである。

 

今回、全く意味の解らない投稿になってしまって申し訳ないです。

ただ本当にいくつもの記念日があることに驚かされた。

そしてそれと同時に、この厳しい局面をみんなで打破して、復活記念日を作ってみたいと強く思うことになった。